葬儀と供養のそれぞれの思い
葬儀と供養のそれぞれの思い

葬儀と供養のそれぞれの思い

葬儀というのは、亡くなった人の一生の思いの精算でもあり、想いを振り返ることでもあり、思い出にひたる期間でもあります。
良くも悪くも人生の大きな転換でもあるのが葬儀だと思います。
今はもう儀式化して、システムの中に組み込まれていますが、本来は永遠の別れという、とても悲しいものでもあったと思います。
日本でも縄文弥生時代は寿命が30年ぐらいであったようで、若くして亡くなる人も多くいた事は察することができます。
そうなると、あまりにも短い家族の出会いでもあり、別れでもあるので、悲しみもひとしおだったと思います。
生活面でも大黒柱の男性が亡くなれば、残された家族も生命の問題でもあったのでしょう。
それで悲しみも大きくなったのだと思うます。

江戸時代前後では、人生50年と言われていましたので寿命が倍ぐらいに伸びましたが、私達の感覚からすると、若すぎるということで、人生もあっという間だったのだと思います。
その頃の葬儀もやはり別れという面が大きかったのでしょう。
そのような伝統の中に生きてきた私達なので、本来葬儀とは供養の面が大きかったのだと思います。

しかし最近は高齢化社会で、本来ならば祝うべき高齢者は、なかなか厳しい立場に立たされています。
そのような状況に沿う新しい葬儀形態が必要なのではないかと思っています。
豪華な葬儀を望む人はそうすればいいのでしょうが、そう出来ない事情もたぶんこれからは増えるでしょう。
そのことに適した供養、葬儀が必要なのかもしれません。

そうなると、今までの伝統的な葬儀ではなく、本人が生前望んだ葬儀方法とか予算とか、家族が望むそのような方法を選択できるように開発していかないと、そのうちに大きな問題になるような気がします。
無理をして今までの習慣の中での葬儀をしているぎりぎりの状態が今の世の中だと思います。
数百万円も使わなければ普通の葬儀ができないというのは、何処かおかしいような気がしますが、現時点ではそれが現実でしょう。

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