葬儀と供養のそれぞれの思い
葬儀と供養のそれぞれの思い

葬儀の後の食事は供養のため

初めてお通夜、告別式に参列したのは、祖父の葬儀の時でした。
小学校にあがる前のことで記憶は定かでない部分もありますが、祖父の家の座敷で、親戚の人たちやご近所の人たちがたくさん集まって、食事をしたという記憶はあります。
単に、ご飯を一緒に食べたという記憶ですが、どうして大勢で食べるのか不思議でした。
その後は、身内での葬儀というものはしばらくなく、知人などの葬儀では、お通夜や告別式に参列してお焼香するだけが多かったので、葬儀の後の食事の席に付くことはありませんでした。

しかし、人は老いるもので、昨年、親戚でも葬儀がありました。

葬儀ということで、いろいろな準備をしていく中、叔母たちが精進料理は何にするか、と相談をしていました。
その相談の末席で、私は精進料理という名前だったのか、と思いました。
そういえば、どこかで聞いたことのある名称でした。
そして、葬儀の後、精進料理の膳を前にした一同に向かって、一人の叔父が「故人の供養ですから、召し上がってください」と声をかけました。
故人を供養する儀式というか、しきたりというか、作法のようなものは数々あるのだと思いますが、葬儀の後の精進料理も供養の一つなのだとわかりました。
確かに、故人と関係の深い親戚や、お世話になったご近所の皆さんと一緒に、生前の故人の話などをしながら一緒に食事をすることは、供養になるのだと感じました。
叔母たちが精進料理の内容にこだわった感覚も少しわかってきました。

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